さーて、これをどうするか・・・?
先に、記事リンクしてある原文を読んでみよう。
それでまず自分がどう感じたか、そっと心に手を当てて思った事を吐き出してみよう。
放火の事件で、かなりアクセスが増えているこのブログであるが、ありがたい話であるとともに、非信者の皆さんからの質問も多数。
放火の件で計41件、JWの教義に関する事が18件ありました。
一応、全部返信いたしました。
ということで、一般の方に分かるように書いておこうと思います。
一応、自分でまとめサイトを作ってますのでご覧下さい。
http://www.k4.dion.ne.jp/~bautin/yuketu.html
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このニュースを引用させてもらって、ちょっと書いてみるね。
(本文は赤字を使います)
同病院の医師や看護師からは「瀕死(ひんし)の患者を見殺しにしてよかったのか」と疑問の声も上がっている。
今になって、このニュースが表沙汰になったということは、内部リークを考えます。
または、この前の放火事件に関連つけるものなのだろうか・・・
ニュースソースを見ると、ネットニュースで各新聞社のサイトがHITすることから、結構なものだと考えます。
病院側でも、この輸血拒否に賛同しない方はいらっしゃるようだ。
過去に、医師のナマの悩みを綴った医師のメーリングリストがあります。
http://www2.kpu-m.ac.jp/~ccn/topics/topics/w0021.html
まったく同じ症状だと思いますので、是非参考で読んでいただきたい。
医者は、命を救うためにどれぐらい悩み、努力しているかを。
これに関する記事も書いております。 http://bautin280blog.livedoor.biz/archives/51043671.html
同病院は、信仰上の理由で輸血を拒否する患者に対するマニュアルを策定済みで、女性本人から「輸血しない場合に起きた事態については免責する」との同意書を得ていたという。容体が急変し家族にも輸血の許可を求めたが、家族も女性の意思を尊重したらしい。
これで推測されることなのだが、本人の同意はもちろんの事、家族も意志を尊重したと・・・
元エホバの証人の俺が思うのだが、家族もエホバの証人じゃないだろうか?
出産時に起きたことだから、配偶者もその可能性が高いと考える。
エホバの証人の出産ということならば、この患者は二世の可能性が高い。
二世同士の夫婦と推測すると、自然にこの状況が説明出来るのだ。
もちろん、親もエホバの証人だと考えるのが一番わかりやすいもの。
あくまで推測に過ぎない事は再度言っておく。
病院は事故後、院内に事故調査委員会を設置。関係者らから聞き取り調査し、5月末に「医療行為に問題はなかった」と判断した。病院は、警察に届け出る義務がある異状死とは判断しておらず、家族の希望で警察には届けていない。
病院側の判断については、マニュアルと、判例、同意書などの書式の不備がない事を考えての判断だろうと推測します。
ただし、問題なのは・・・
「家族の希望で警察に届けていない。」
なぜ、堂々としてられないのだろうか?
信仰は認められているのだと、同意書や免責を出しているのに、警察にはなぜか及び腰。
明らかにやましい行為だとの自負があるから、そんな対応になったのでは。
まさか、組織がそういう対応を願うように指示を出していたのか・・・?
俺の勝手な考えだが、結局、これは個人の決定ということを組織が主張する為の行動を促したと考えるのがしっくりいく。
強制したとなれば、組織の言い訳も難しくなるし、今後の宗教活動に支障が出ると考えてるはず。
おれはそれしか考えられない。
輸血にはリスクが伴う。
だから、同意書を書かせるわけだし、成功するか失敗するか・・・それも状況によるだろう。
しかし、命を助ける為の出来るだけの手段は講じたいのが医者の本音ではなかろうか。
出産時の弛緩出血・・・
緊急性のあることであって、医者も最速で講じる手が必要である。
弛緩出血は、かなり激しい出血だ。
生まれた赤ちゃんと母親が一緒に助かることが、医者の喜びではなかろうか?
エホバの証人は、自殺を認めていない。
輸血することで、生きるチャンスが生まれるのなら、それを拒否した事になる。
それを自殺とは言わないのかな?
俺から言わせれば、矛盾だらけの教義だと言わざるを得ない。
輸血したから、命が絶対に助かるという保障はない。
併発する合併症の可能性だってあることは知っている。
だからといって、命が助かるのなら、方法は講じる必要があるのだとわからない。
違うことだが、合併症で思い出した事がある。(エホ証はこういうことの矛盾がある)
エホ証は堕胎を禁止している。
今はどうか知らないが、俺の在籍時にはこんな悲惨話もあるのだ。
妊娠した信者が、自分のお腹の子供が非常によくないと知らされた。
すでに、母体の中で死ぬ可能性が大だと言われた。生まれても持たない命だと。
それよりも、その前に、母体が危険に晒されるので、早めに母体を安全にしておくためにも、堕胎を医者は進言した。
しかし、堕胎は出来ない。
そして、結局は流産したのだが、早めの処置が行われず、信者は死ぬ事は免れたが、寝たきりに近い体になってしまった。
これは、宗教とは関係ないといわれる方がいるかもしれない。
しかし、次の言葉で一般の方は震撼するかも知れない。
その時、この事を知った仲間の信者は、その信者と一緒に祈りを捧げた。
「エホバのご意志で、姉妹(信者をこう呼ぶ)の肉体的苦しみを除いてあげて下さい。」
いい事に思えるだろうが、そりゃ大きな間違いだ。
姉妹の流産を喜んだのだ。
「堕胎は禁止だけど、流産は自然に起こることだから、罪にはならないの。祈ったら、エホバは祈りを届けられたわ!どうせ、その病気では赤ちゃんは助からないのだから。エホバはね、いろんな方法で私達に与えてくださるの。私は流産して良かったと心から思うわ!」
これは、人の死を願ったのではないのか?
そう、この言葉は、俺の親から直接聞き、その祈りに俺は一緒に参加させられたのだ。
こういう理解をする信者を後生大事に仲間に加えているのであるから、輸血の拒否に意味などないことぐらいわかるもんだ。
ほんとろくなことを学んでない。愛とか平和を願う輩のすることか!
輸血拒否とは、それを守らせる事で、二度とエホバの証人から抜けだせないようにするための信者確保に他ならない。
仮に、これで組織を離れても、世間では一生、遺族は家族殺しのレッテルを貼られる。
組織にいれば、逆に立派な信者として扱われるのだ。人間楽な方に留まるのが本能だ。
実現しない永遠の命を待ちながら、配偶者は死を迎え、生まれた子供は母親を知らずに死んでいくのである。
親の勝手でな。
この子が、組織を離れていってみろ・・・親の思いはぶち壊しだ。家族がこの子を責めるのは間違いなくなる。
俺がいう負の遺産をまだ産みだそうとするのだろうか?
輸血して、組織を排斥になろうとも、組織に戻りたければ悔い改めればいいだけだろう?
子供と一緒にその道を歩もうとも、家族はひとつなんだから幸せはあるじゃないか。
生きていてこその信仰だろうにな。
崇高な考えだと?
あほんだら、女は出産するときは命掛けて産むんだよ。
お前らのインチキ教義など、出産の傷みに比べりゃ、ウンコみたいなもんだろう。
いや、ウンコでも失礼だ。ウンコに失礼だ。
感情的になっちまったな。
医者側の心情を考えて見ようか?
医療スタッフは、この患者に幾人のスタッフで望むかわかる?
基本、執刀医、助手(場合によっては複数)、機械出し、麻酔医、補助看護士(複数)、医療器械のスタッフが用意される場合もある。
この場合は、産婦人科医もいたかもしれないね。
このスタッフ達は、輸血拒否のために、できるだけの治療を尽くすはずだ。
薬でなんとかならんのだろうか?
輸血をもう一度説得してなんとかならんだろうか?
きっと、輸血の準備はすぐできるところまで準備していたはずだ。
血液パックを押し込んででも、なんとかしたいと思っていたと思う。
出来る状況を、助かる可能性を尽くせないまま、死を迎えさえられるスタッフはどういう気持ちだ?
医者になって、看護士になって、技師になって・・・命の現場で・・・
やりきれないまま、過ごされるのではないだろうか?
俺は思うよ。
「お前ら、自分らの病院作れよ!スタッフ全部エホ証でいいじゃん。誰も苦しまないだろう?」
ご臨終も、復活の時にお会いしましょうって言ってやればいいじゃん。
それが幸せだろう?どうなんだよ!
実際、輸血拒否で亡くなるエホバの証人は例があります。
輸血拒否で助かるエホバの証人の例もあります。
どちらも、正確に出してみなよ。数字で・・・。
血液分画製剤は使用OK、でも、自己輸血はダメってなんだ?
どっちも血液だろうが!
(エホバの証人は、これをOKとは言わず、「良心で決定する」という。しかし、非信者にはOKだと信者は言うw)
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世間で大騒ぎにならないけれど、これが現実。
俺は思うんだが、輸血拒否が信仰の自由で認められるなら、こういう場合の診療費は、保険適用外にすればいい。
完全自由診療料金でやってくれ。
高額医療の払い戻しの適用も除外してくれたらいい。
自由を主張するんだから、それぐらいやっていいはず。
ガーゼから、入院費、全部10割負担でやってもらえばいい。
何故か?
皆さんが払う、健康保険のお金は、これにも使われているんです。
ちょっと飛躍しすぎだが、社会保険庁さんよ、一連の不祥事のケツ吹き、これでも提案したらどうだ。
俺は、自分が払う保険料が、輸血拒否で死ぬ命に使われるのはホンマにゴメンだ。
まとまらないけど、俺は輸血の危険性うんぬんの前に、命が助かる事の重要性だけを言いたいよ。
いまからも、命の現場で葛藤しながら、努力をされる医療スタッフに敬意を払いつつ。




